No.120
処女塚・求女塚古墳
(おとめづか・もとめづか
こふん)
神戸市東灘区から灘区にかけて、約2km間隔で3つの古墳が並ぶ
処女塚伝説として、万葉集に詠まれ、「大和物語」、謡曲や、森鴎外の「生田川」の舞台ともなった
伝説では、葦屋(あしや)の菟原処女(うないおとめ)に2人の若者が求婚
両者が太刀、弓矢で競い合ったため、処女が心を痛め自殺
2人の若者も後を追ったため、親族が処女を挟むように3つの墓を造ったという
しかし、3つの古墳は築造年代にかなりの差があり
いずれも古墳最盛期より以前の古いもので、地方豪族の墓と見られる
↑ 石屋川下流西岸、東明(とうみょう)にある処女塚古墳は
古墳時代前期築造の全長70mの前方後方墳で、後方が円形でなく方形をしている
石棺、土器、埴輪の破片、勾玉などが出土
この塚の上で討死にしたと「太平記」で記された新田義貞の石碑がある
(神戸市東灘区御影塚町2丁目、阪神電車・石屋川駅より南西へ5分)
↑ 都賀川下流西岸、味泥(みどろ)にある西求女塚古墳は
奈良県の箸墓古墳と同じ3世紀後半築造の最古級の古墳
全長100m、六甲山麓で最大のもの
墳丘は3段構造、前方がバチ形をした前方後方墳
かっては、古墳の上に三重の塔が建てられていた
1993年、三角縁神獣鏡7枚が出土
このほど開始された発掘調査で
1596年の慶長伏見地震で墳丘が10mほど横滑りしたことが判明した
(神戸市灘区都通3丁目、阪神電車・西灘駅より南東へ3分)
↑ 住吉川下流西岸、呉田(ごでん)にある東求女塚古墳は
古墳時代中期築造の全長80mの前方後円墳
車輪石、三角縁神獣鏡などが出土している
残念ながら、明治時代に阪神電車敷設の土取りで取壊され
前方部が幼稚園、後円部が公園になっている
(神戸市東灘区住吉宮町1丁目、阪神電車・住吉駅より東北へ5分)
2001年2月 撮影
CONTAX Aria / TOKINA 17mm F3.5
/ KODAK 400
RICOH GR-1s + 28mm F2.8
/ AGFA ULTRA 50


