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詩文の暗唱は難しい?


「絶句の四行がなかなか暗記できない・・・」という話を時々耳にします。
「詩文を書いた紙切れを手にしていないと舞台では不安・・・」という方もおられるようです。

こういうことを「暗記力が弱いせい」であるとは、一概に言えないように思うのです。


たとえば、有名な「赤とんぼ」の歌詞を思い出してみてください。
おそらく多くの方は、頭の中でメロディーをつけて歌いながら歌詞を思い出そうとするはずです。
それは、私たちが「赤とんぼ」の歌詞を、そのメロディーと共に覚えたからなのです。
ですから、「ゆうやけこやけの・・・」と聞けば、反射的に旋律が浮かんできますし、逆に、旋律を聞けば連鎖的に歌詞が浮かんでくるのです。


このように、「暗記すべき事柄を別の何かと関連付けて覚えると暗記しやすく、忘れ難い」ということは、誰もが経験することだと思います。
たとえば歴史の授業で、「鳴くよウグイス平安京=794年」というように覚えたのも、その応用でした。
上の例では「平安京、ウグイス、鳴くよ、794」という四つの要素が一つのイメージとして記憶の中に刻まれ、それらのどれかを思い出すと連鎖的に残りのものが引き出されてイメージ全体を思い出す・・・というコンピューターの検索のようなことが脳の中で行われるのでしょう。


黙読して暗記するより、音読して覚える方が早いと言われます。
また、同じ音読でも「朗読」や「台詞」のように演じるものとして発声して覚えると、もっと早く確実になります。
それは、「見て覚える、聞いて覚える」ことに、更に「演じるという行為で覚える」作業が加わるからです。
いわゆる「身体で覚える」と言われる記憶術です。
「身体で覚えたことは生涯忘れない」ほどに強烈に刻まれます。


俳優が、あの長い台詞を短い稽古期間に覚えてしまえるのは、演技と共に台詞を覚える方法を実践しているからなのです。


歌の場合には、固有の詩、固有のメロディー、そしてその固有のメロディーを奏でる為の固有の発声運動が連鎖しした状態で記憶に刻まれます。
演劇の場合には、固有の台詞、固有の台詞をしゃべる固有の演技(固有の役割・場面)が連鎖します。


芸能では、本番で歌ったり演じたりする時に、自分の内部で行われる「記憶を引き出す」作業も重要になります。
舞台上では「思い出してから・・・」では遅いのであり、演技の進行と記憶の引き出しは同時でなければなりません。


時間に沿って確実に、スムーズに記憶を引き出すには、歌詞なら歌詞、振りなら振りというように単独で引き出すよりも、関連する要素と共に引き出す方が、記憶する時と同様に効率的なのです。


たとえば、俳優が本番前に緊張して台詞を思い出せなくとも、舞台に上がって芝居を始めると自然に台詞が出てくる、というようなことが起こり得るのは、記憶の連鎖的な引き出しが行われることを物語っています。


ここで話を吟詠に戻しましょう。

一つの事柄を、他の要素と関連付けて覚えようとすのは、ある意味人間の本能的な記憶テクニックだといえるでしょう。

一度覚えた歌の歌詞がいつまでも記憶に残っているのは、詩文をそのメロディーと関連付けて覚えたからであり、更に実際に歌うことによって身体的な記憶が加わり、知らず知らずの内に、強い記憶となって刻まれると考えられます。


吟詠は吟じるという行為と共に詩文を記憶するのですから、理屈では記憶しやすいはずです。
しかし、ここには一つ落とし穴があります。


それは、吟詠のメロディーが、皆ほとんど同じであるという点です。
絶句の詩文を思い出そうとして、旋律を思い浮かべた場合、その旋律に関連付けられた詩文は?・・・余計分からなくなってしまいます。
固有の詩=固有のメロディーでなければ関連付けても意味がないわけです。
つまり、吟詠においては、歌詞をメロディーと共に覚えるようには行かないということになります。


では、現実に皆さんはどのようにして詩文を覚えておられるのでしょうか。
黙読による暗記、音読による暗記、書くことによる暗記、何百回も吟じることによる反復暗記・・・私にはこのくらいしか思い当たりません。


この種の暗記法は、文章をまる暗記するのに似ており、努力すればできるでしょうが、それを吟じる場面においては、少々具合の悪いことがあるように思えます。


詩のまる暗記は、他の何とも関連付けされない記憶です。
そうしますと、暗記した詩を吟じようとする時、一方でメロディーを奏でつつ、一方で記憶されている詩文を別のルートで持ち出しながら発声するという、なんとも不便な作業をしなければならなくなります。


歌の場合には、メロディーを思えば自然に歌詞が出てくる、歌詞が出てくると次のメロディーも出てくる・・・というように、記憶引出しの助け合いが行われますので、歌手は気持ち良く表現に集中できます。


舞台上で吟じておられる吟者の心持までは分かりませんが、傍で見る限りは、声楽家のように心地よく(芸術的満足感の意味です)吟じておられる方は少ないように感じるのですが、間違っているでしょうか?


前述しましたように、吟詠ではメロディーは詩文を引き出してくれる要素そしては望めないわけですから、それに代わる何かがあれば、もっとスムーズに行くのではないかと思うのです。


たとえば、
「孤軍」といえば「奮闘」
「囲み」・・・それを?「破って」・・・どうする?「還る」・・・
というように、自分流の物語りを作って暗記する、なども一つの方法かも知れません。
吟を始めると、自分の中で作った物語も始まるのです。
物語を進めると、それに関連させて覚えた語が出てくるという術です。
(このような方法は、暗記法のコツとして何かに紹介されていました。)


結論として、
吟詠における詩文の暗記は、歌手が歌詞を覚えることよりも難しいと言えるのではないでしょうか。
芸能における暗記術は、本番で条件反射的に、スムーズに思い出せる実践的なものでなければ真には役に立たたないと思います。

吟詠詩文の実践的暗記法は、歌手とは違った方法で、個人個人が編み出すしかないと言えるのかも知れません。

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