神田音楽教育研究所の歩み

江藤輝  (1908年〜1947年)
作曲家。代表作「ある劇への管弦楽」でドイツワインガルトナー作曲音楽コンクール1位となり、日本での作曲家としての草分け的存在となる。その他に「24の変奏曲」「白狐の湯」「Ame//ya」「ペルシウス」等がある。
江藤支那子  (1910年〜1989年)
明治43年(1910年)11月大連に生まれる。大正6年(1917年)ロシア革命勃発。難民として大連に逃れてきたロシア帝国大学カラム教授から5歳より師事。8歳より演奏活動始める。
東京にてレオシロタ氏、ショルツ氏に師事し、日本最初の女流ピアニストとして活躍し、全国を演奏活動しながら作曲家の江藤輝氏と結婚する。
昭和4年(1929年)上野音楽大学(現在の東京芸術大学)の教師となる。昭和28年(1953年)江藤ピアノ塾を始める。
平成21年(2009年) ピアノの門下生が全国より集まり「江藤支那子生誕100年祭」が催された。
神田知恵子
江藤輝、江藤支那子夫妻の長女
昭和33年(1958年)神田音楽教育研究所設立。
レオシロタ氏、ショルツ氏の流れを受け継ぎ母のピアノ塾の初等部からを教え始め、昭和41年(1966年)本山北町に分教室を昭和61年(1986年)には岡本駅前「ユニハイム」に本部を設立。
平成22年5月に第44回定期演奏会を行う。
大学受験実績:国立音楽大学、桐朋学園、大阪音楽大学、等ピアノ科に総勢20数名送る。
神田裕史
神田知恵子の長男
関西学院大 法学部卒業。学生時代、グリークラブ指揮者を務める。卒業後、大阪音楽大学 声楽科に特待生入学、特待生主席卒業。
清風学園の音楽教諭をしながら、日本演奏連盟、神戸音楽家協会、関西二期会 各会員で現在活躍中。

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