研究 Research

テーマ「広域に分布する淡水魚−カマツカの系統地理」

日本産淡水魚の中でも最も広い分布域を持つ純淡水魚,カマツカPseudogobio esocinusを 材料に系統地理研究を行なっています.カマツカの系統地理解析を行なうことにより,

「カマツカの遺伝的集団構造を明らかにすること」

を大きな目的に,そこから,他魚種との比較系統地理のアプローチにより日本の淡水魚類相形成過程を明らかに すること広い分布域を示し,形態の地理的変異が多く見られるカマツカの局所適応 (Local Adaptation)とその要因を明らかにすることができればと思っています.そのために,現在,

@カマツカの分布域全域に渡る網羅的なサンプリング
A近縁他種を含めた,遺伝的集団構造や分布域形成の解析
B形態・生態等の比較解析

を行なっています.


カマツカ(兵庫県にて,2004.3.29)


1.はじめに〜身近な淡水魚たち.でも…??〜

  私たちの身のまわりの川や湖には,コイやメダカ,ドジョウなど,たくさんの淡水魚が棲んでいる. 注意してみると,どこにでも見られる魚がいる一方,ある特定の地域にしかいない魚もいて, 場所によって見ることができる魚は違っている.ある場所で見ることができる魚の種構成を魚類相という. 当たり前のことのようだが,「淡水魚」というだけあって陸はもちろんのこと,普通は海を伝っても移動は できないはずの彼らが,どのようにして,今私たちが見ているような魚類相を作り上げたのだろうか?


2.純淡水魚は淡水を伝ってしか移動できない〜ダイナミックな魚類相形成史〜

  淡水魚の中でも,一生を淡水のみで過ごす魚たちのことを一次淡水魚,もしくは純淡水魚という. コイやドジョウ,ナマズの仲間が主な純淡水魚のメンバーであり,川で生まれ海で一時期を過ごし, また川に上って産卵するサケやアユ,ヨシノボリなど,その逆の生活をするウナギなどは二次淡水魚という. 純淡水魚は海を伝っての移動ができないため,淡水でつながった場所の間でしか移動ができない. 淡水でつながったひとつの水域を「水系」というが,純淡水魚が他の水系に移動するには,何らかの 「イベント」で水系同士がつながる必要がある.そのイベントとは,例えば山地の隆起や大規模な洪水で川の 流れる向きが変わる,氷河期における氷期に海水面が下がって近接する水系同士が下流でつながるようになる, などが考えられる.逆に,これまでつながっていた水系が,山地の隆起などで分断されることもある. しかし,このような地史的イベントは頻繁に起こるものではなく,数万〜数百万年といった タイムスケールで起こるようなものである.また,運よく移動ができたとしても,新天地の環境に 適応できなかったり,競争に敗れてしまったりすることも十分考えられる.したがって,今,ある川に ある種の純淡水魚がいるということの背景には,このようなダイナミックな魚類相形成の歴史が 隠されているのである.


3.なぜここにいるのかが分かる!?〜系統地理学の好材料である純淡水魚〜

  前章で純淡水魚の移動についてお話したが,このような性質から,純淡水魚は地理的に隔離されやすく, 長い期間他の水系との交流が起こらないことが多々あると想像できる.このような隔離された集団では 遺伝的な分化が起こり,隔離前は違いがなかったとしても,それぞれ固有な遺伝的集団を 形成するようになる.このような遺伝的集団の地理的分布パターンの形成過程やその成因を明らかにしようと する学問が系統地理学である.例えば,こことあそこの●●は何万年交流がないとか,ここの▲▲の 集団は××山地の隆起で分断されたとか,見た目はほとんど変わらないが実は遠い昔に分化して別種レベルに なっている魚がいるとか,目に見えない色々なことが分かってくる.そして,様々な情報を組み合わせることで, この川に■■がいて●●がいないのはこういう理由だ!!ということまで説明できるようになるかもしれない. なんてワクワクするのだろう!!おもしろいと思いません?私はこの系統地理学のおもしろさに 魅せられているのだ.


4.広い分布域を持つ種がおもしろい!!〜広域分布種カマツカ〜

  同じ純淡水魚でも,種ごとに分布拡大能力に差があるとしても,広域に分布している種の方が分布拡大に より長い時間がかかっており,かつ古い起源の種であると一般的に考えることができる.つまり, 広域分布種ほど数多くの遺伝的集団を持っていて,長い時間スケール・広い地域スケールでの 魚類相形成史に関する情報を潜在的に持っている可能性が高いといえる.
  カマツカPseudogobio esocinusは,日本産淡水魚の中でも最も広い分布域を持つコイ科の 純淡水魚の一種であり,その自然分布域は山形県・岩手県以南の本州・四国・九州に及ぶとされている. また,国外でも朝鮮半島や中国にも分布しているという.カマツカには,日本だけでなく東アジアの 淡水魚類相形成史を明らかにできる潜在性があるのだ.


5.様々な地域変異.同所的変異までも!?〜カマツカのおもしろさ〜

  カマツカは河川の中流域で見かけることが多い魚で,特に西日本では「カマツカ?あんなん, どこにでもおるやろぉ」といわれるくらい一般的な魚である(カマツカをばかにする人は富永が許しません!). ドジョウの仲間のように常にお腹を水底につけていて,下方に長く伸びる口で砂の中の餌を探し, 時に砂の中に潜る性質がある.カマツカのいる場所にはかなりはっきりとした条件があって, とにもかくにもカマツカたちにとって居心地のよいだろうふかふかした砂があるところである. 砂地が部分的にでもある場合は,礫がごろごろした場所や泥底の場所にもいることがある. また,産卵生態がコイ科魚類の中では特殊で,夜間にオスがメスを追尾し,川の早瀬で卵をばらまくという. コイ科の魚の大半は,石や水草に卵を産みつけたり,砂の中に卵を埋めたりする中, 非常に変わっているといえる.


口を伸ばし砂の中の餌を探すカマツカ.(京都府産)

  全国各地に採集に出かけていると,カマツカには様々な地域変異があることに気づく. 頭の形や体形・体色や,ひげの長さ・口まわりの皮弁の発達具合などが採集場所によって変わってくるのだ (詳しくは,「出会った魚たち」を参照).また,同所的に二つの型がいるのではないかという疑問を 持ったこともある.下の写真がその二型で,京都府下の水路で採集したものだが,頭の形や体形に違いがある. 毎年,同様に二つの型が採集できる上,持ち帰って飼育してみると,写真下のタイプは上のタイプ(こちらが 西日本で普通にみられるもの)に比べて痩せにくく,たとえ痩せてしまっても容易に回復するので,これは きっと何かが隠されていると思ったのだ.これに気づいたのが高校の頃.このような採集に基づく経験から, 将来,カマツカの研究をやりたいと思うようになった.大学では少し寄り道をして分子生物学を専攻したが, この経験を生かして,現在,DNA塩基配列を用いたカマツカの系統地理解析を行なっている.もちろん魚の採集は お手の物.好きな魚を相手に存分に研究ができるなんて本当に幸せだ.カマツカの全てを明らかにしてやろうという 勢いで今,研究に熱中している.



カマツカの同所的二型と思われるもの.(京都府にて,2003.8.16)


参考論文
Tominaga K, Watanabe K, Kakioka R, Mori S, Jeon S-R (2009) Two highly divergent mitochondrial DNA lineages within Pseudogobio esocinus populations in central Honshu, Japan. Ichthyol. Res. 56:195-199
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