ミュージカルロマン
「落陽のパレルモ」
2005/11/4〜12/13作・演出 植田景子


だからこれは、最後の15分さえなかったら
今年度の最高作品のひとつと言ってもいい作品に
なるはずだったのだ。

充実の花組が充実のメンバーに
新しく真飛聖を迎えての最高の舞台は
よく出来たプロットやナンバーの良さが映え、
開演1時間20分は心の底から楽しめた。
(途中、おや〜って台詞や場面もあったけど、重箱の隅はつつくまい・・・)

この先、春野は死んでしまうか、一人去って行くが、
密かに結ばれた(多分、バレてないんだよね???)ふづきに
宿った新しい生命が、二人の思いをついでいく・・・というような
そういう展開を迎えるんだと、想像していた。

遠野が既に妊娠中で、その遠野とリンクするように
ふづきが歌い出したとき
「ああ、これで過去と現在が繋がったんだ」と思ったのだ。

それが・・・ああそれが、どうして、どうしてなんだ!ヴィットリオ!
君は一体、何があってそんな風に心変わりしてしまったんだ!!

男なら、現実じゃなくて、「舞台」の、「宝塚」の男ならばこそ!
ここは哀愁背負って、現実に背を向けて、
一人寂しく去ってくれ!!

そりゃあ、実際、ああいう立場になったとしたら
「いやです」って去っていくのは難しいと思うよ。
地位も名誉も女も手に入るし、ライバル(てか上司!)には
頭下げて貰えるし、サイコーの選択でしょう!

でも、でもよ。

私は宝塚を見に来たのであって、現実の世知辛いっつうか
計算高い、あるいは心弱い人間の物語を見に来たのでは、ない。

だから、そんな変な現実的計算した男は見たくないのだ。

こう書くと、まるで春野演じるヴィットリオが計算ずくの悪い奴のようだが
別に、そんな風に描かれている場面はない。
決して悪い奴ではない・・・とは、その前の1時間20分からも分かる。

しかし、彼が貴族になることを受け入れる場面がない以上、
そう思われても仕方ないのである。

実際、恐らく、彼の心中を察するならば
「平民の血に繋がる自分が貴族の中に入ることで、
身分の垣根を越えた政治を行っていける」ということなんだろう。
だからこそ、彼は自分を「裏切り者」とは思っていないだろうし、
蘭寿たちに宣言した「もっと、広い目で世界をみたい」という
彼の思想の結果でも、あるのだろう。

だが、その説明が一切ない。
いきなり現れた父親と、神父様の説得ともいえない説得にあっさりOKを出して、
受け入れてしまうヴィットリオに、どうしても違和感を感じてしまうのだ。

これで、本当に彼は幸せになったんだろうか・・・と
訝しく思っていたら、なんとまあ!!

プログラムの解説に年表までついていて、
幸せな一家の様子が綿々と綴られているでないか〜〜。

ひえ〜〜〜〜。
そんなんありかよ・・・。

まあねえ、超貴族のふづきが「平民になります!」って
ヴィットリオについていくより、
半貴族のヴィットリオが「貴族になります」って方が
成功はすると思うけど・・・ねえ。

それで、ナントカ村の皆さんは喜んでくれるのだろうか???
分からない・・・。
蘭寿たちが草葉の陰で泣いてる気がしてならない・・・。

ラントムたちに、神のご加護を!!
(なんか最後に本筋とは違う方に肩入れしてしまった。まいっか)