クラプトン大好き♪
といっても60年代のクラプトンなんですけど。。。
でもなぜかミュージックは「Change The World」(笑)
ERIC CLAPTON "CHANGE THE WORLD" この曲は作者から使用許可を受けています
黒人ブルースから白人のブルースを見た場合、やはり本物の味はだせないとか、ニュアンスが違うとかよく言われますね。まあだいたいにおいて白人ブルースは弾きすぎるっていうのがその理由で1音にこめられるニュアンスよりもテクニックの羅列に走りやすいといえます。

で、クラプトンの演奏するブルースをクリーム時代に限定したとすると、これは明らかにブルース・ロックですよね。ただこれがフォーム的な観点で見ちゃうと否定的になってしまうけれども、自分たちのブルースを作っていると見ればやはりこれもブルースには違いないと。で、この時代のクラプトンのギターって時代を映してるわけですよ。だから、思い入れなかったら延々と続くギター・ソロなんて今時正座して聞く人なんていませんわなあ。あっ、私はスピーカーの前でおっちんして聞いてますけどね。

ブルース・アルバムとして評価の高いクラプトンが参加したブルース・ブレーカーズの「ビーノ」アルバムなんかでは一応主導権はジョン・メイオールにあるわけだけど、そういうのを凌駕しちゃう沸騰寸前のうずうずしてるクラプトンの姿が目に浮かぶと。結果的にこのアルバムはクラプトンのものといってよいほどにその存在感は強烈なものに仕上がっている。これがライブになっちゃうと止めるものは誰もいないゆえに、もうクラプトンの一人芝居になってるわけですよね。有名なところでは「ストーミー・マンデイ」なんか聞いてると、もうバックの演奏やメイオールのボーカルなんてそっちのけでクラプトンが恍惚状態で弾きまくってると。まわりは完全に霞んじゃってるわけですね。これはどういうことかというと、この時点ですでに従来のブルース・フォーマットでは押さえ切れないクラプトンの存在感があって、それは必然的にクリームのようなもう一段階高い別の器でなければクラプトンの膨張性を受け止める事はできないということを証明してるわけですね。

端的な例があの「クロスロード」のアレンジがブレーカーズ時代にもうできあがっていたということ。でもそれを完全に表現するためにはクリームの結成を待たねばならなかったということ。クリームにおけるこの曲でのタイトなリズム感とタイム感というのは多分にクラプトンの天性とも言える部分であって、当然朝から晩まで練習したというのは当然のことではあるだろうけども、これに支えられた流麗で力強いフレージングがロック・ギターというものの先鞭であると同時に雛形ともなったわけで、以後続々とクラプトン・タイプのギタリストを輩出させたわけですよね。

クラプトンの場合、クリーム時代というのは新しいものを創ろうという意欲と人間関係が生み出す絶望感の産物が音に表われていて、それがはからずも60年代の混沌とした時代状況を見事に反映していたと思います。それは、クラプトンだけじゃなくて、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーの3人の衝突の中から生まれてるのはいわずもがなですよね。3人の誰一人欠けてもクリームは成立しないわけです。クリーム聞いてて感じるのは混沌と澱みと息苦しいほどの緊張感なわけで、これはまた別の意味で白人のブルースを作ったんじゃないかと思うんですね。この流れは以後のブリティッシュ・ロックの重要な特徴になっていってますし。それとライブでのくどいまでの繰り返しと手癖の連発っちゅうのも、押しの強い力技であると同時にあれやりながら次ぎどうもっていくか、考えとるわけですな。そこに他のメンバーとの駆け引きと合いの手がごちゃ混ぜになってスリル満点じゃないですか。あれもまあ必要悪として理解できちゃうんですね。暗中模索そのものがロックなんですよ。従来の3分ポップ・ソングの殻を打ち破るためにはどうしても通らなくちゃならない道だったわけですねえ。

もうひとつ重要な点はクラプトンの本来のブルースフィーリングはギブソン系でこそ発揮される。クラプトンの原点はレスポールとマーシャルの組み合わせで得られる電気増幅された心の叫びにあったと思ってます。だからここがブルース・ロック、いやロックそのものなところであり、そこに聴衆はのめり込む事ができたし、それは別のもう一つの向こう側の世界を創り出したんですね。当時の若者はその扉を開く事ができたわけね。心の解放とも言える。

で、結局は黒人ブルースもクラプトンも本物かどうかというスタンスでは聞くんではなくて、それぞれ聞く側の視点で好き嫌いが出るのは致し方ないとしても、それぞれに良さがある。個人的にはオリジナル黒人ブルースよりもクラプトンのカバーのほうが気持ちいいなんちゃって(笑)。クリームのだらだらインプロビゼーションがスピーカーの前でしっかり正座して聞ければあなたもりっぱなクリーマーです。課題曲は「アイム・ソー・グラッド」なんかよろしいですね。60-70年代ロックを聴くときの心構えは決してながらでとかBGMとして聞いてはいけません。

あ、そうそう、クラプトンがまわりに影響されやすい性格っていうのは有名な話しだけど、ジョージ・ハリスンと交流頻繁だった頃(セッションばっかししてた時ね)は、もろジョージみたいな声。「バッジ」もそんなとこあるけど、ソロ・アルバムの「イージー・ナウ」もちょっと聞いたらジョージですね。はたまたクリーム時代や「レイラ」でもいたるところで影響されてる感じがわかります。

最近の若い人にはダンディで色っぽいクラプトンのボーカルに惚れてる人も多いだろうし、実際イージー・リスニング的にはとても心地よい気持ちにさせてくれるのはわかりますよ。そんな人にクリーム時代のクラプトン聞かせたら「なに?これ」ってことになるだろうしね。ま、私らおっさんにとればクラプトンってやはしギタリストであり、ロックのパイオニアっていうイメージでとらえてますからね。これだけ長い事一線で活躍してたら好みが別れるのもしかたないですね。

ロバート・ジョンソンは悪魔に魂売り渡したって言われてますけど、悪魔といえばクリームもやっている曲「トップ・オブ・ザ・ワールド」ほど悪魔な曲ってないですよね。最近やっと詩をちゃんと理解したんだけど、すっごいドラマなんですね。たぶん嫁はんはどっかの男とかけおちしたんでしょうなあ。亭主はただもう生きるために働くしかない男。それでも強がりいって「おれは世界の頂上だ」なんていってる。哀愁と孤独と絶望がないまぜになった沈殿する詩。これにクリームのサウンドは見事にマッチしていた。いやもっと暗いかもしれない。ブルースの裏側ってやっぱりこれなんかね。クリームは思い入れをこめたこれの拡大解釈なのかもしれません。この曲に関しては多くのギタリストがこれをカバーしてますけど、やっぱりクリームのライブ・バージョンを越えるものはないですね。たぶん、この曲に出てくる男はその後も幸せな人生おくってないね。ついでにもう1曲、ブルースカバーに「悪い星の下に」っていう曲がありますけど、これも同じような救いのない歌です。クリームが好んでこういう曲を取り上げているところが興味深いですね。

この時期のクラプトン、なにやってもかっこいいですな。サイケな服装にサイケなギター、ヘアー・スタイルはアフロ風パーマでぎらぎらした不敵な面構え。おもいっきり、いきがっているところがもうかわいい。で、ギター弾きながらいっちゃってる表情がまたいい。

 
こんな凄い演奏がSGで引き出されたなんて・・・
みんなSGを買おう(笑)by
SGモデル販売促進委員会

クリームのクラプトンは凄かった。ほんとにそうなんですけど、今出ているオフィシャルのスタジオやライブ盤ではその一部しか出ていないのですね。で、真実のクリームっていうのはブートを聞くしかないのです。その中でも67年10月デトロイトでの録音である「リアル・クリーム」というCD2枚組のブートがあるのですが、これ聴けばぶっ飛びますよ。クリーム時代のクラプトンのギターは確かに攻撃的といわれますが、一般に聴ける音源ではそれでも整然とした流麗なフレーズが特色なんですが、ここでのクラプトンは違います。ミストーン、ノイズなどかまわずにはちゃめちゃに弾きまくる姿があるのです。ジョニー・ウインターもお呼びじゃありません。出てくるフレーズの多彩さも群を抜いています。ここでのクリームの演奏で浮かんでくるのは、ブルース・ブレーカーズ、ジミヘン、ハードロック、ヘヴィ・メタル、ロックンロール、アバンギャルド、ZEP、サバス、インド、ジャズ、クラシック・・・。つまりは70年代の音のエッセンスがてんこもりであり、わずか2年の活動と言えどこれだけのことをやってしまってはもう解散するしかないと納得してしまいます。とりわけこの時期はジミヘンを強烈に意識していたらしく、トーンまでジミヘンに迫っています。これが真実のクリームの姿だった。

そして最後に、ブルースはロックをつくり、ロックはハードロックに進化して終わりをつげた・・・。かな?

 

  


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最終更新日: 2003/07/10