
| 広島市営庚午住宅-1 建築の仕事では、これが現代計画研究所・大阪事務所の初仕事だ。広島市庚午地区建替基本計画(1983)〜広島市営庚午住宅(1986)と続き、現場の監理は星田君が常駐してくれた。僕は、この写真がとても気に行っていて、今でも講演や授業など、いろいろなところで使っている。集合住宅のバルコニーは、直に連続して隣り合うと、いわゆる「隔て板」が必要になるのだが、このように空間を挟むことにより、そういったものが不要になる。2006年度の研究室のM2楠本侑子さんの修士論文は、御坊の中庭などをテーマに、視線交流の図れる「立体的な中庭」と言う概念をまとめたものだが、この写真はまさしくそのようなテーマを物語っている。新建築住宅特集(JA-8607)に掲載。2期以降は東京事務所のスタッフに現場をやってもらった。 |
広島市営庚午住宅-2 写真でわかるように、天空に開いた4.5畳ほどのテラスがセットバックしていく形で、4階レベルには立体街路を設けた。1.2階の住戸の玄関が1階に、3階の玄関が階段の途中の2階レベルに、4.5階住戸の玄関が4階の立体街路レベルに設けて接地性を高めつつ、セットバックテラスを構造的に可能にしている。テラス外壁等一部にリブ付き杉板型枠を用い、コンクリートの質感の感じられるカラークリアー塗装を施している。足元地面レベルのちょっとした立ち上がり壁にも連続して用いたが、環境の連続性が上手く表現できた。このリブ型枠は、僕が事務所(東京)に入っての初仕事だった住宅公団鈴ヶ峰住宅で藤本さんが使ったもので、最近はコスト等の制約などであまり使っていないが、いわゆるきれいなコンクリート打ち放し型枠の質感とは異なり、興趣深い仕上げになる。 | 
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| 広島市営庚午住宅-3 上の2枚の写真は入居後しばらくしてからの写真で、洗濯物がにぎやかな生活の表情を醸し出し、生活景観が表出されたものである。この段の写真は、竣工直後の写真で、1階の一部に早々に入居した様が少し見られるが、全体としては入居前のもので、雑誌に掲載されたものと同じアングル。セトバックテラスの感じはよくわかる。しかし、公営住宅の写真としては、やはり、洗濯物や人が写っている人気(ひとけ)のあるものが良いし、そういった風景を頭に描きながら設計をしている。都会の真っ只中ならいざしらず、ここでは、積極的に洗濯物の似合う集合住宅をテーマに設計をしたということである。もちろん、上層階における緑の表出も大きなテーマであった。屋根の瓦は、広島出身の藤本さんの発案で、瀬戸内海の明るい空に映える赤い瓦を用いた。これ以来、その地方独特の空の色を強く意識するようになった。 |
すずかけ台住宅街区-1 ウッディタウンすずかけ台のまちびらきエリア(ボンエルフ街区)が、現代計画研究所・大阪事務所で始めて依頼された仕事。図面の真ん中、赤いセンターエリアの右下、道路が入り組んでいる部分の住宅街区の計画で、6m道路による格子状の通常街区ではなく、アイストップのある4.5mの居住区域道路と街区内の道路広場で構成される新しい住宅街区を提案した。もともと集合住宅用地として計画されたエリアだが、集合的な発想を取り入れた計画的な独立住宅地として提案。土木的な領域の仕事で、建築と違って、まさに地図に残る仕事。まち開きにあわせて計画された各住戸にあわせて調整し、それぞれに異なるまちなみ外構の実施設計までやらせていただいた。北摂(住宅)地区住宅地基本設計(1984)〜ウッディタウンすずかけ台住宅街区(1985)と続き、入居後10年を経て、1996年度兵庫県さわやか街づくり賞を受賞している。 | 
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| すずかけ台住宅街区-2 アイストップの風景がこれ。「あて曲げ」などの古い集落に見られる手法も取り入れて、車が中心の住宅街区ではなく、人が歩いて楽しく、安全で愛着感のある住宅街区の形成を目指した。住民の手入れも良く、住宅街区内は、ゴミ一つ落ちていないし、敷地際の植栽ゾーンには花が咲き誇り、緑も育って落ち着いた雰囲気。すでに建て代わっている住宅もあって、現代建築(住宅)の寿命の短さが逆に気になるが、そういった時間のなかで変わっていく生活をとりまく変化を包み込むような、普遍的な環境骨格の形成を目指した。当時は、冬寒いと言われた地域で、石炭廃材のシャモットを種石に使って暖かい桜御影色のスプリットンブロックを開発。同じ種石による舗装材も開発して、地域のまちなみ素材として連続して使った。(このスプリットンブロックは、その後、一般市販<注文生産対応>されている。) |
すずかけ台住宅街区-3 図面の真ん中、赤いセンターエリアの右下のゾーンの中央を、左上(センター)から右下(幼稚園)に貫く歩行者専用道路。住宅の敷地際は、前述のスプリットンブロックによる2重植栽ゾーンとし、足元のすっきりしたけやき並木が気持ち良い。この歩専道沿いは、従来のニュータウン通常ルールを改変、住民が併用店舗として喫茶店を経営できるようにし、まち開きの早々から実際に実現した。街角集会所といった雰囲気の店。前述のように住宅街区内では我々が開発した舗装材を使ってもらえたのだが、この道路は工事の管轄が異なり普通のインターロッキングブロックが使われてしまった。顔料で着色したピンク色が嫌だったが、時間が経ち色あせて少し目だたなくなった。木々の影がGOOD。この一連の土木的なプロジェクトでは、工事が複雑だということで現場の監理までやらせてもらうことになり、菊田君がずっと現場に通ってくれた。
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| 藤原台のまちなみ-1 現代計画研究所・大阪事務所の最初の作品が「藤原台のまちなみ(1985)」だ。東京時代に、当時の住宅公団中部支社の「滝呂」の住宅地計画をやっていたが、大阪に来て、始めて頼まれた「ウッディタウンのまちびらきゾーン」の計画中に、ちょっと絵を書いてくれと頼まれたのがこの藤原台の仕事だ。1982年に大阪事務所を開設したが、最初に竣工したのがこれだった。住宅地計画というよりは、まちなみ計画で、それまでは土木の人たちがやっていたような仕事で、レベル差を解決する擁壁の設計を住宅地のまちなみづくりという視点から行ったもの。発刊されたばかりの「ランドスケープ」という雑誌や、英語の解説のある「日本のランドスケープ」という本にも取り上げられて、宮脇檀さんたちがやっていた住宅地づくりとも少し違う仕事だった。その頃、建築の仕事では、「広島市営庚午住宅(1986)」の基本計画をやっていたように思う。 |
藤原台のまちなみ-2 レベル差を処理する擁壁は道路からセットバックさせ、青石を種石としたスプリットンブロックで、道路レベルに付き合った植栽ゾーンを敷地際に設けるという提案。擁壁は、コンクリート打ち放しとして、コンクリートの質感が感じられ、青石とも連続感が得られるように、グレーグリーンのカラークリアー塗装とした。事業主である公団からは、「植栽のために擁壁をセットバックするなんて、ケチな関西人には受け入れられない」とか、「擁壁は明るい白の塗装にしてほしい」などと言われたが、住宅地の環境骨格としては、そういうわけにはいかないと何とか説得し、提案どおりに実現した。敷地際の緑も豊かに成育し、擁壁にはつたが垂れ下がり、複層した緑が心地良く、落ち着いた住宅地景観を呈している。歩行者専用道路沿いに2列に並ぶ長さのある住宅地のまちなみで、既整備の植栽を改変し、歩専道側からも各住戸へのアクセスを可能にした。 | 
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| 浜甲子園さくら街 最新のプロジェクトがこれ。都市再生機構(UR都市機構)、旧公団住宅団地の建て替えだ。浜甲子園さくら街(建替1期)で、先工区が1995年秋に竣工し入居済みだが、後工区は設計が完了し、着工したばかり。マスターアーキテクトとして、全体の基本計画を担当したが、参加するマスターアーキテクトとして、ブロックアーキテクトと同様の設計もさせていただいた。親空性と親街路性がテーマで、浜甲子園の青い空に映えるように、塔状の建物と中低層の建物を混在させている。又、全ての1階住戸は専用庭を持ち、道路側と中庭側の両方からアクセスできるようになっていて、道行く人々にも適度に生活感が表出して、人気(ひとけ)のあるタウンスケープが実現している。2007年4月24日に、2006年度関西まちづくり賞(日本都市計画学会関西支部)を受賞。
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カンポンプロック カンボジア、シェムリアップ郊外、トンレサップ湖浸水域にある美しい集落。トンレサップ湖は、浸水期で琵琶湖の10倍、渇水期で3倍の大きさの湖で、伸縮する湖として有名。その浸水域にあるこの集落は、親水期には写真のように美しい水上集落だが、渇水期には水がなくなり、見事な高床の空中集落になる。2005年から研究室の学生が中心になって実測調査を重ねている。2007年4月01日〜15日まで、「実測図×山田脩二の写真展」が終了したばかり。今年(2007)の調査は、ユニオン造形文化財団からの研究助成を得て、渇水期に集落に程近い浅水面上につくられる仮設移動集落の実測と、細い丸太を縄で縛るディテールの調査を行う予定。学生は5月末に出発。 | 
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