玄関に飾られた”月萩亭”の看板は堀尾貞治氏の筆によるもので、風流な趣を感じさせますが、ひっくり返してみると裏には”接剥亭”と書かれています。表面の「月」「萩」はじつは「つぎはぎ」をもじった冗談なのです。



この家は築68年。日本海軍がハワイの真珠湾に奇襲攻撃をかけて太平洋戦争に突入した、まさにその時期に建てられました。現在の当主は幸運にも戦災を免れたこの家で生まれ、育ちました。

2004年のこと、寄る年波に加えて阪神淡路大震災でガタガタに揺すられ、廃屋同然の状態で何年も放置されていたのを、なんとか応急修理して人が住めるようにしようということになりました。しかし資金がまるで足りません。(写真は修理に着手する直前の姿)


そこで、お金をかけないですむ方法を建築屋さんに考えてもらいました。そのためには「何でもあり」、常識にとらわれないで思いきった発想で取り組んでください、と言いました。「お金を出せないかわり、口も出さない」・・これが約束です。

傷みが激しかった部分を取り壊して建物を2割がた小さくしたので、壊した部分から廃材が出ます。その中で使えそうなものは再利用。壁にクロスを張るのをやめて合板下地のまま。まだ新しいのに取り壊す家があると聞けば、そこからドアなどの部材を貰い受け。資材店からは売れ残りの半端をかき集めてきます。エアコンは役目を終えたモデルルームからのお古。照明器具を買い揃える予算がないと言うと、電気屋さんが足場丸太や廃棄されたエアコンの銅管で「シャンデリア」を自作してくれました。

はじめのうちは「こんな仕事はしたことがない」と憮然としていた職人さん達でしたが、途中から「設計者や施主の指図に縛られずに好き放題のことをやらせてもらえる現場だ」と面白がりだし、後半はそれぞれの持ち場で自分の創意工夫による作品を残すことに熱中するようになりました。凝りに凝ってしまった結果、契約では工期3ヶ月だったのが、実際は8ヶ月を要しました。
このような経緯で出来たのが奇想天外なこの家の現在の造りで、ありあわせの材料で「つぎはぎ修理」したゆえに「接剥亭」なのです。
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