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原告から弁護士へ
小谷 成美
●司法試験合格発表の日
9月11日午後4時。8歳になった息子と一緒に大阪高等検察庁まで新司法試験合格発表を見に行きました。道中、4年半前の神戸地裁判決の日の記憶がよみがえってきました。あの日も、絶対負けるはずがないと思って裁判所へ行ったけれど、完敗だった。今回の試験、落ちているはずがないと思うけど、でも・・・内心は不安でいっぱいです。
4時丁度になり、掲示板前には人だかり。おそるおそる前にすすみます。「1044番 小谷成美」あった!!私より先に、ロースクールの友人が見つけて教えてくれました。
これでもう受験勉強はしなくていい。弁護士になるための次のステップにすすめる。心からほっとした瞬間でした。
●裁判敗訴からロースクールへ
私は学部卒業後、3年間神戸市の外郭団体で嘱託職員として勤務していました。しかし、「4年目の契約更新時にはもう一度採用試験を受けなければならない」という一方的な労働条件の変更に疑問をもち、地域の労働組合に加入したところ、その次の契約更新を拒否され雇い止め(解雇)となりました。
どうしても納得できず、裁判で原告として2年間たたかい、その間WWNの皆さんとめぐりあい世話人にもして頂きました。しかし、裁判の結果は神戸地裁・大阪高裁ともに敗訴。その悔しさをばねに、今度は弁護士として非正規雇用の理不尽さを訴え、また働く女性達の支援をしたいと思い、龍谷大学の法科大学院へ進学しました。
●ロースクールでの3年間
法律は暗記科目。3年間はとにかく辛抱して勉強しよう。ロースクールの入学前はそんなふうに考えていました。でも、入学後の学校生活は、予想を裏切りとても楽しいものとなりました。
ただ、おそらく私のようにロースクールでの勉強が楽しいというのはかなりの少数説で、人からはよく「何がそんなに楽しいの?」と聞かれます。私はまだその楽しさを明確に言葉にして伝えられないのですが、とにかく法律的な頭の使い方を学習するのが楽しかった。自分の裁判の中でよく理解しないまますすんでいた手続や言葉の意味を理解できるようになり、裁判を追体験しているような感覚もありました。
弁護士事務所での2度のエクスターンシップや、実務家の先生方の事務所に勉強に行かせて頂いた際には、相談される側・依頼を受ける側の緊張感というのも味わいました。原告から弁護士への目線の転換です。
労働問題だけではなく、刑事・行政・家事・一般民事、と様々な分野に関心が広がった3年間でもありました。龍谷大学は特に刑事系のカリキュラムが充実しており、被告人の側に立ち、国家権力と正面から対決する先生方の姿勢からは大きな感銘を受けました。
2年生の時には、ロースクールの受付をされてきた女性達の雇い止めの問題が発生しました。この時は学生による署名運動が始まり、当局側との交渉、脇田先生への相談等を経て無事撤回させることができました。この時の交渉には、私のかつての経験がとても役に立ちました。勉強を口実に目をそらしてしまわなかった自分はえらかったと思いますし、労働運動の経験などない友人達が自発的に集まって一緒に動いてくれたのは嬉しかったです。「市民のための法律家」の育成を目指す龍谷に来て良かったなと強く思えた事件でもあります。良い先生方・学友に恵まれた3年間でした。
●私が目指す弁護士像
さて、司法試験という弁護士への最難関の関門はなんとか突破できました。今後11月27日から司法修習があり、最後の試験を通れば1年後には弁護士になることができます。
どんな弁護士になりたいか、というのは最近よく聞かれる質問の一つです。もし一言だけで答えるとすれば、私は「優しい弁護士」になりたいと思います。相談や打ち合わせに来て、来る前より少し元気になれた。そんなふうに依頼者に思ってもらえる弁護士になりたいです。もちろん、カウンセラーではないので、法律の専門家として的確なアドバイスができる能力を身につけることが大前提になりますが。
働く女性の人権、特に非正規雇用の問題は、もちろん生涯取り組んでいきたい私のライフワークです。ただ、弁護士になってすぐは、一つの分野にこだわらず、幅広い仕事を経験したいと思っています。
ロースクールの受付の方の雇い止めが撤回された次の日、受付の方々が「お父ちゃんとお祝いの焼肉を食べに行った」「ケーキを買って帰って家族で食べた」ととっても嬉しそうに教えてくれました。その時、「ああ、私は、この笑顔をたくさん見たいから弁護士になりたいんだろうなあ。」と思いました。一人一人の普通の人が、大事にされる社会。小さな幸せがたくさん積み重なっていく社会。そんな社会をつくるための仕事に携る中で、これからも依頼者・支援者の方々と一緒に私自身も成長を続けたいと思います。
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