友達−葵−



 私たちは中庭へ向かいました。
偶然にも、2人ともお弁当を持ってきていました。
「あの、私に話って・・・なんですか?」
言ってから、今のはちょっと冷たい言い方だったかなと反省しました。でもその女の子はそんな事は全く
気にもせず、
「松原さんは・・・」
と小さく話し始めました。
「えっ?どうして私の名前を・・・?」
入学してまだそれほど経っていないから、私はクラスの子の名前すら全部覚えていませんでした。
それなのに、どうして違うクラスの私の名前を知っているんでしょうか?
「C組の子に聞きました」
私の疑問にその子はすぐに答えてくれました。
「私、1年B組の姫川琴音といいます」
「姫川さん?」
私と同級生なのに、すごくしっかりしてる。それに綺麗な長髪・・・。
私はその容姿にちょっと見とれてしまいました。きっと羨ましかったんだと思います。
「松原さんは、格闘技をやってらっしゃるんですか?」
「そうですよ。エクストリームっていうんです」
突然の疑問に私は驚きました。だって彼女はどう見ても、格闘技に興味があるような雰囲気がしません。
なのに、どうして急に・・・。
「楽しいですか・・・?」
姫川さんは、続けてそう聞いてきました。
「楽しいですよ。それしかとりえないですけどね。姫川さんは何かクラブに入ってるんですか?」
「いいえ、私は別に・・・」
「そうなんですか」
そう聞いて、私は思い切って彼女にも同好会を薦めてみようと思いましたがやめました。
何となく彼女が・・・何かを拒んでいるように思えたからです。
 お互いぎこちない会話でしたが、不思議と初めてあった人のような気がしませんでした。
ずっと前からお互いを知っているような・・・。
「松原さん・・・?」
そんなことを考えていて、ぼーっとしていたのか、姫川さんに何度か呼ばれてようやく気がつきました。
「あ、すみません。ぼーっとしちゃって」
「いいんですよ。それより・・・」
なんだか言いにくそうな姫川さん。一体どうしたのでしょうか。
「私の噂・・・もう知ってますよね?」
「えっ・・・噂って・・・?」
何のことを言っているのか、まったく分かりません。彼女になにかあるのでしょうか。
「本当に知らないんですか?」
念を押すように再び聞いてきました。
「はい。何も知らないんです」
彼女と話すとついついこっちが申し訳なく思う気になります。
「あの・・・噂ってどんな・・・」
そう言いかけた途端、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴りました。
「それじゃあ失礼します」
「あ、ちょっと・・・」
姫川さんはさっさと校舎に戻っていきました。
一体どんな噂なのか気にはなりましたが、それ以上追求しようとは思いませんでした。

 翌日の昼休み。私はほとんど日課となっている同好会の勧誘をしていました。
例によって、何人かが集まって来てくれますが、話が進むにつれその数は減っていきました。
そんなことばかり繰り返してきていたせいか、私も勧誘に熱が入らなくなり、活動場所が学校裏の神社
であることを告げると、荷物を片づけ、教室に戻りました。
こんなことをしている間にも、好恵さんや綾香さんは・・・。
そう思いはじめると、今の自分はいったいなんなんだろう・・・と急に寂しくなりました。

 放課後。私はいつものように神社に向かいました。寂しさを抱えたまま・・・。
いつもの場所で、いつものメニューで、ただひたすらにサンドバックを蹴る。
この一連の繰り返しがだんだん、無意味に思えてきました。
・・・こんなところで独りで何をやっているんだろう・・・。
そう思いながらも身体は自然と動かぬ相手を攻撃し続けています。
とはいっても、気分が乗らない時は練習しても成果があがりません。私は無理やり自分の身体を止めると、
木陰に座り込みました。まだわずかに揺れるサンドバックを見ては、またあの不安にかられました。
その時、不意に、
「あの・・・おつかれさまです・・・」
という声が聞こえました。
びっくりして声の聞こえた方を見ると、小さな包みを手に持った女の子が立っていました。
「姫川さん・・・?」
声の主に驚きました。半ば誰も来ないだろうと期待もしなかった所に、意外な人が現れたのですから。
「運動してお腹が空いているだろうと思って・・・差し入れもってきました・・・」
そう言いながら彼女は私の横に来ました。
「あっ、そこは・・・」
「いいんです」
制服が土で汚れることも気にしないで、私の横に座ります。
何となくお嬢様っぽくて、控えめな人かと思っていたので、これには少し驚きました。
姫川さんは持っていた包みを開けると、その中の一つを私に差し出しました。
おにぎりでした。きれいに形が整っていて、食べやすい大きさです。
「私に・・・?」
ここには渡すべき人は自分しかいないのに、なんとなくそう言ってしまいました。
私の言葉に頷く姫川さんを見ると、なんとなく嬉しそうに見えます。
「ありがとうございます」
私は遠慮なく受け取りました。一度でも断るのが失礼だと判断したからです。
「でも、どうしてここに?それにこのおにぎりだって・・・」
あまりの意外さに私は動転してしまって、言葉の整理がうまくできていませんでした。正直なところ、
ありえない状況でしたから。
「一生懸命だったから・・・」
「えっ?」
「毎日、昼休みに熱心に勧誘されてましたから。それで・・・」
「み、見てたんですか?」
「ええ。ずっと見てました」
見てくれてる人がいたんだ。私はその言葉を聞いてとても嬉しくなりました。いえ、嬉しいというより
心強い気さえしてきました。誰も私のことなんか見向きもしないと思ってたのに・・・。
ずっと見てくれていたという姫川さん。私は彼女に申し訳ないという思いでいっぱいでした。
「あの・・・今日の練習はどれぐらいまでやるのですか?」
え?それって、どういう意味なんだろう・・・。もしかして・・・。
「あと1時間くらいやるつもりですけど」
私は答えました。本当はもうやめようかと思っていましたが、とっさに口に出てしまいました。
「練習・・・見ていってもいいですか?」
「あ、はい。かまいませんけど・・・」
「けど・・・?」
「・・・いいえ、何でもないんです」
またも私は意表をつかれました。差し入れを持ってきてもらっただけでなく、今度は練習を見たいと
言うのです。もちろん私は、一人でも多くの人に練習を見てもらいたいと思っていました。でも、
今まで想像もしてなかったような人が見に来ること自体が驚きでした。

 あと1時間と言った手前やめるわけにもいかず、結局私はいつもどおりのメニューをこなしていました。
もちろん、その間も姫川さんはずっと私の練習を見ていました。
攻撃が当たる度にサンドバックが揺れ、木の枝はギシギシと歯切れの悪い音を繰り返しています。
私の方はというと、技にいつもほどの切れがなく、放った力の半分以上は無駄に消えていきます。
それでも中途半端に終わるのはいやだったので、そんな調子のまま1時間が過ぎました。
 練習が終わり、私がサンドバックを片付けようとすると姫川さんは、
「私も手伝います」
と言って、反対側から支えてくれました。
「あ、すみません」
2人でサンドバックを片付け、着替えを済ませると、まだほてったままの私を見ながら、
「あの・・・」
と、何やら申し訳なさそうに私に話しかけてきました。
「また見に来てもいいですか?」
信じられませんでした。私は初め、聞き間違いかと思いましたが、どうやらそうではないようです。
「はい。またいつでも見に来て下さい」
そう言い終わった後に、私は自分が言った事を後悔しました。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに・・・。心の中ではエクストリームをやめようと思っていても、
口ではいつも反対のことを言ってしまう。そんな自分が嫌になりました。
「それから・・・」
姫川さんはさきほどと違い、真剣なまなざしで私をみつめました。あまりに真っ直ぐ私を見るので、
逆に私の方が目をそらしそうになりました。
「お友達になっていただけませんか・・・?」
・・・・・・!
突然の言葉に私は息を呑みました。最近、姫川さんには驚かされっぱなしです。
正直なところ、私には友達と呼べる人がいませんでした。学校にいる間も、考えていることは格闘技の
ことばかりで、流行りの歌だとか服にも興味がありませんでした。
そのせいかクラスの女の子たちとは共通の話題がなく、同じ教室にいても何とも言えない疎外感のような
ものを感じていました。だからこそ私は、この姫川さんの言葉に救われたとさえ思っています。
もちろん、私の返事は、
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
私は嬉しくてたまりませんでした。部活の見学に来てくれただけでなく、私が格闘技の次に求めていた
ものが今、目の前に居るのです。
そう思っていた時、
「私のこと・・・琴音でいいです」
「えっ・・・?」
「苗字で呼び合うのって・・・何となく違和感がありますから・・・」
「じゃあ、私のことも葵って呼んでください」
「うん。よろしくね、葵ちゃん」
「よろしく、琴音ちゃん」
まったく不思議でした。今まで、友達と話すことがこれほど楽しいと思ったことはありませんでした。
たとえそれがほんのわずかな会話であっても、私の心のどこかにあいていた隙間を埋めてくれるような、
そんな心地よさでした。
姫川さ・・・いえ、琴音ちゃん。
彼女となら、私は本当の私になれるような気がしました。





   後書き

さて、葵ちゃん&琴音ちゃんのSSは世に数多けれど、そのほとんどは葵ちゃんが積極的に琴音ちゃんに
呼びかけて、琴音ちゃんがそれに次第に心を開いてゆく・・・というパターンが多いのではないでせうか?
たしかにオリジナルでは、2人の性格はそれとほぼ同じように位置付けられていますが、裏を返せば
この2人の性格は入れ替えが可能ではないか?ということで今回のように進行するわけです。 
 今回の一連のお話は、最近よく耳にする「ザッピング」調で書いてみたいと思い、両者の視点から
シナリオを追ってみました。1人がこうしている間、もう1人は何をしてるの?という疑問も一発解消!
のつもりでしたが、2人が一緒にいるシーンが多く、いまひとつ活用されてませんね。
この書き方だと完結したように思われるかも知れませんが、まだ続きます。今度はザッピングをちゃんと
生かしてね。
それでは、後書きの続きは琴音ちゃん編で・・・



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