闘い−葵−



 夕方。いつもなら部活が終わればすぐに帰るところですが、今日は違いました。
私は琴音ちゃんに誘われて、神社の境内に座りました。時間は午後4時を少し過ぎたくらいでしたが、
今、ここでなら学校では話せないことをゆっくりと話せるような気がしました。
とは言っても、実際は何を話せばいいの分からず、戸惑っていると、
「松・・・葵ちゃん。昨日の話だけど・・・」
と琴音ちゃんが切り出してきました。私のことを名前で呼ぶのには慣れないようです。
お互いを名前で呼び合うことにしたのは、ほんの2、3分前のことですから仕方ありません。
「昨日の話って?」
私は昨日話したことを一生懸命思い出そうとしていました。そういえば・・・。
「・・・琴音ちゃんの噂のこと・・・?」
それしか思い当たることはありませんでした。
「葵ちゃん、私の噂・・・聞いたことないの?」
「うん・・・だって・・・」
その後は言いたくありませんでした。自分に友達がいないなんて・・・。
「だって・・・どうしたの?」
琴音ちゃんが私の顔を覗きこむようにして訊いてきました。私が言いかけて俯いてしまったからです。
黙っていようと思いましたが、私はこの時、琴音ちゃんがそばにいることがとても心強く感じたので、
思い切って打ち明けてみることにしました。
「私、友達いないから・・・そういう話、全然分からなくて・・・」
高校に入学してから今日まで、私は格闘技同好会を設立するためにずっと闘って来ました。
1人でも多くの人に知ってもらうために。でも本当は別のものと闘っていたのかもしれません。
自分でも気付かないうちに・・・どんなに優れた技をもってしても絶対に勝てない相手に・・・。
「私も葵ちゃんと一緒」
「えっ?」
「私も・・・その噂のせいでずっと独りだった・・・」
そう言って琴音ちゃんは、
「でも、葵ちゃんなら受け入れてくれるかも知れないって思ったから・・・」
あの時と同じ、真剣な目で私を見ました。
彼女を孤独に追いやった噂って一体なんなんだろう?私はその事について訊こうと思いましたが、
琴音ちゃんの心の傷に触れるようで、胸が痛みました。
そんな私を察してか琴音ちゃんは、噂について、自分の能力について話してくれました。

「・・・だから私の能力はみんなを不幸にしてしまうの・・・」
言い終わって、琴音ちゃんは自嘲するようにため息をつきました。
「それは違うと思う・・・」
頼りない言い方でしたが、私はハッキリ否定しました。
「琴音ちゃんに関わった人が不幸になるなんて、おかしいよ」
「でも・・・」
まだ何か言いたそうな琴音ちゃんをさえぎって、私は続けました。
「だって私、琴音ちゃんとお話できてすごく嬉しかった。他の誰かがそんな風に思っていたとしても、
私は琴音ちゃんとお友達になれたことが本当に嬉しいの」
琴音ちゃんは黙って聞いていました。私はさらに続けました。
「琴音ちゃんは、私を幸せにしてくれたもん」
本心でした。私がどんな技を駆使しても、絶対に勝てない相手。私独りでは絶対に勝てない相手。
孤独・・・。私がその孤独に負けそうになっていた時、手を差し伸べてくれたのが琴音ちゃんでした。
 その後、私たちは何を話していたのかよく覚えていません。覚えているのは、誰にも話せなかったことを
全て打ち明けられたことだけでした。なぜか琴音ちゃんの前なら、私は素直になれる。そんな気がしました。
結局この日は、外が真っ暗になるまで話し、家に帰る頃には午後7時を過ぎていました。

 翌日の昼休み。私は例によって勧誘を続けていました。
今日から琴音ちゃんも、同好会の勧誘を手伝ってくれることになっていました。もちろん彼女には格闘技
の知識が無いので、広告を配ってくれます。
ルールについての説明をし、広告を配り、活動場所や活動内容を知らせるだけ。この一連の行動が
いつの頃からか、私にとってただの作業になっていました。
何度やっても、結果は同じだと最初から半分諦めていたのです。
そのせいか勧誘にも熱が入らなくなり、むしろこの1分1秒が惜しくて、焦りさえ感じるように
なりました。例え友達がそばにいたとしても・・・。

 そこそこのところで勧誘を切り上げ、私たちは食堂へ向かいました。
食券を買い、それぞれ注文したものを受け取り、適当な席に座ります。
メニューは琴音ちゃんがキツネうどん、私はいつものようにBランチです。昼休みの中ごろだったため、
席はどこも満員で、私たちはわずかに空いていた席に向かい合わせに座りました。
 黙々とお箸を動かしながら、私はあることをずっと考えていました。葛藤というのでしょうか。
どちらかを選べば、どちらかを捨てることになる。私にとってはそれほど重大な選択でした。
それが顔に出ていたのか、琴音ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込みました。
「どうしたの、葵ちゃん?」
「えっ?」
「さっきから元気ないみたいだけど」
「そ、そう?別になんともないよ」
彼女に余計な心配をかけまいと、平静を装いましたがすぐに見破られてしまいました。
「うそ・・・」
「えっ?」
「葵ちゃん、うそついてる」
そして間をおいて、
「私に心配かけたくないから?」
「ううん、本当に大丈夫だから」
私がそう答えると、琴音ちゃんは一瞬怪訝な目で私を見ましたが、
「でも何かあったら、私に相談してね」
そう言いました。その言葉にすごく心強さを感じたのですが、友達との付き合い方がよく分からない私に
とって、相談していいものかどうか悩むところでした。これは自分の問題だから自分で解決しないと
いけない。やっとできた私の、唯一の友達にこんな面倒な話をして嫌われたくない。
それに琴音ちゃんに言ったって・・・。
私はハッとなりました。せっかくお友達になってくれたのに・・・。私は一瞬でも琴音ちゃんを邪険に
思ったことを深く反省しました。
これ以上、琴音ちゃんに迷惑はかけられない。私は思っていたことを顔に出さないようにしました。
そして同時に私の中で、ある考えがまとまりつつありました。

 放課後。琴音ちゃんはクラブに来てくれました。実際に格闘技は出来ないから、せめてマネージャーと
して活動させて欲しいとのことでした。
でもこの時私はすでにクラブに、エクストリームに対する意欲を失っていました。
いまさらクラブを続けたところで、どうにもならない。かといってマネージャーとして来てくれた
琴音ちゃんにも申し訳ない。
 仕方なく私はいつもの練習をすることにしました。いつものようにサンドバック相手にパンチや、
キックの繰り返し。以前なら、この1分1秒を無駄にしないようにと全力を出し切って練習に励んで
いましたが、今の私にはもう出来ません。心が別のところに行ってしまっていたのです。
幸い、琴音ちゃんには私が真剣に練習出来ていないことは悟られませんでした。
それは彼女が格闘技を知らなかったから。私の小さな動きの中に、実戦では考えられないような大きな
隙があることも、わざわざ威力に乏しい攻撃しかしていないことも、琴音ちゃんは知りません。
そのほうが都合がいいはずなのですが、私はひどく罪悪感を感じました。
おそらく綾香さんや好恵さんなら一瞬で見抜いてしまうでしょう。
 部活の時間が終わると、琴音ちゃんがタオルを渡してくれました。いつも私が使っている物なのに、
なぜか私の肌には合わない。そんな気がしました。そういえば、さっき片付けたサンドバックもいつも
に比べると軽かったような・・・。
受け取ったタオルで体を拭いている間中、ずっと琴音ちゃんの視線を感じていましたが、敢えて気付か
ない振りをしていました。目を合わせてはいけないような気がして・・・。

 そんな状態のまま、数日が過ぎました。
昼休み。琴音ちゃんと昼食を食べていると、不意に言われました。
「どうして、今日はクラブの勧誘しないの?」
「え、えっと・・・」
答えに困りました。昨日までずっと続けてきたクラブの勧誘を、今日はしなかったのです。
しても無駄、というのが本心でしたが彼女を前にとてもそんなことは言えず、とっさに、
「ちょっと風邪ひいたみたいで、調子悪くて・・・」
と、返してしまいました。この時ほど、自分がウソをつくのが下手なことを情けなく思ったことは
ありません。まるで小学生並みにしかごまかせない自分に腹を立てながらも、内心は琴音ちゃんに
聞かれたら、打ち明けようか悩んでいました。ところが、意外にも琴音ちゃんは、
「熱は計ったの?」
と聞いてきました。よかった、気付かれてない。私は安心して、
「うん。熱はなかった」
とだけ答えておきました。
 なぜ本当のことを言わないのか。それは私自身にも分かりませんでした。頼れる唯一の友達がすぐ
そばにいるのに、どういうわけか遠慮してしまいます。
いずれは琴音ちゃんにも話さなきゃならない。でも、今すぐでなくてもいいよね・・・。

 放課後・・・。私はクラブには行きませんでした。どうせなら昨日のうちにもっとよく神社を見て
おけばよかった、と思いました。もうあの神社を見ることもないだろうから・・・。
 私がやって来たのは空手部の道場。かつては私もここにいる人たちと同じことをしていました。
中に入ると、空手部員の掛け声に圧倒されそうになりました。以前自分がやっていたことのはずなのに、
空手という武術が今まで見たことのない新しい武術にさえ感じられました。
私は道場の奥にいる好恵さんの所へ行きました。思えばここまで来るのに随分と時間を無駄にしました。
好恵さんは私を見つけると、一瞬安心したような表情を見せましたが、すぐに厳しい目つきを私にくれ、
静かに言いました。
「久しぶりね、葵」
「好恵さん・・・」
久しぶり、と言ったのは私がしばらく好恵さんに会っていなかったからではなく、空手という空間に
対しての久しぶりだと私は受け取りました。もちろん彼女がどっちの意味で言ったかは分かりません。
「何の用なの?」
相変わらず好恵さんは、必要最低限のことしか話しませんでした。
「好恵さん。私、エクストリームをやめて空手に戻ろうと思うんです」
「・・・・・・」
何も答えてくれませんでした。好恵さんはただ静かに目を閉じているだけで、その様子からは何を
考えているのか想像すらつきませんでした。でも次の一言で、私が彼女の期待にどれほど応えたか
十分すぎるほど分かりました。
「よく言ったわ、葵」
そう言う好恵さんの目は何となく笑っているように見えました。そうだ。私にエクストリームなんて
初めから無理だったんだ。わざわざ遠回りして壁に遮られるより、ずっと独りでいるより、空手の道
を突き進んでいればよかった。
そう振り返りながらも、なぜ私が空手に戻ろうとしたのか、その理由を訊かなかった好恵さんに
疑問を覚えました。
「早速明日から練習するわよ」
「はい。宜しくお願いします。坂下先輩」
この日から、好恵さんは好恵さんではなく坂下先輩になりました。
 これでよかったんだ・・・これで・・・。
自分にとって最善の選択であるはずなのに、どこか私の心にはまだ黒い部分があるような気がしました。
そして大切なことを忘れているような気がしてなりませんでした。





   後書き

 当初、3話で完結させるつもりだったのに3話では足りない内容になってしまいました。
何故3話かと言うと、僕の好きな映画がトリロジ−と呼ばれる3部作だったからです。
まぁそれはいいとして、この話には葵ちゃんが週2日道場に通っていないという設定があります。
実は忘れていた、というのが答えなのですが、出来るだけ琴音ちゃんとの複雑な絡み合いを表現する
ためには仕方のないことなのです。しかし、そうなるとザッピングを上手く活かしきれなくなりますから
これは意外と難しかったりします。(次回は最も活用できそうですが・・・)
サブタイトルの「闘い」は格闘のことでは無くて、心の葛藤という意味合いで付けました。
 話変わって、僕の書く葵ちゃんは何でも1人で考え込む性格になっています。格闘技をやっている事、
歳が悩み多き16歳である事などから、人に相談せずに自分だけで解決しようとする傾向になるわけ
です。そこで、琴音ちゃんが登場。多くのSSや本編ではこれとは逆になるのですが、この話では
そんな葵ちゃんに対し、積極的に働きかける琴音ちゃんがあります。これは精神的な面で琴音ちゃんが葵ちゃん
よりも上にいることから必然的にそうなります。書いているうちに妄想に走っていますが、
以上が僕の思い描く2人なのです。
 それでは、後書きの続きは琴音ちゃん編で・・・。



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