葛藤−琴音−



 葵ちゃん・・・。
授業中、私はこれまでの事をずっと考えていました。
出会った時から、どこか様子が変だった葵ちゃん。自分が好きなことを続けているはずなのに、私には
格闘技をやっている時の葵ちゃんがちっとも楽しそうには見えませんでした。
楽しくなければクラブを作ろうとはしないはずです。じゃあ一体何が原因で・・・。
私には理解出来ない、葵ちゃんの知らない部分が見え隠れしているようで私は不安になりました。
 気がつくとお昼休みになっていました。午前中の授業は全く頭に入っていません。
私は葵ちゃんを誘うことなく、食堂に向かいました。いつもなら食堂に入るときは必ず2人一緒なの
ですが、私は敢えて1人を選びました。
きっといつものようにやって来る。葵ちゃんの意思に任せよう。
昨日だって、たまたま何か用事があって部活に来れなかったに違いない。私に話し掛ける時間も無い位
忙しかったんだろう、と私は無理にでもそう思い込むことにしました。
 5分ほど経って、仕方なく私は独りで昼食を取ることにしました。葵ちゃんは来なかったのです。
久しぶりに独りでキツネうどんを食べていると、急に怖くなりました。
もしかして・・・私を避けてる・・・?ふとそんな風に思い始めました。
考えてみれば、お友達になって欲しいと言ったのは私だし、部活動の見学をするようになったのだって、
勧誘を手伝うようになったのだって私が一方的に“そうしたい”と言ったからでした。
その時は葵ちゃんは快く受け入れてくれました。本当に嬉しそうでしたから。
でも、もしかしたら私が知らない間に誰かから私の能力の事を聞いて、私と一緒にいることが恐くなった
のかも知れない。それともみんなから変な目で見られたくないから私とは関わらないようにしてるの?
違う。そんなはずはない。あの時、葵ちゃんは私のこの能力が他人を不幸にするなんておかしいって
言ってくれたし、友達がいないとも言っていた。だから私の噂のことを何も知らなかった・・・。
友達がいない・・・?
葵ちゃんは友達がいないんじゃなくて、友達を作りたくなかったのかも知れない。
 考えれば考えるほど、分からなくなりました。これ以上あれこれ想像すると、本当に葵ちゃんを疑って
しまいそうで自分が怖くなりました。
私は最後まで葵ちゃんを信じたい。でも・・・。

 残りの2時間の授業もほとんど聞かずに終わりました。
放課後。昨日の二の舞になることを恐れながら、私は学校裏の神社に向かいました。
見慣れているはずの光景が、2人でいる時と独りでいる時でこんなに変わるなんて知りませんでした。
ほんの数日前まで葵ちゃんはここで独りで練習してたんだ。
 私は境内に座ると、正面の大きな木を眺めました。周りの木に比べてひときわ大きなこの木に、
サンドバックを吊るして練習していた葵ちゃん。毎日暗くなるまで頑張ってたよね。
 そんなことを考えながらしばらく待って、私は腕時計を見ました。
すでに30分経っていました。やっぱり今日も・・・。
これ以上ここにいても仕方ないと思い、私は家に帰ることにしました。
校門にさしかかった所で、私は教室に忘れ物を思い出して引き返しました。
校舎に入りかけるところで、何気なく横を見ると道場の近くで2人が言い争っていました。
その1人は・・・。葵ちゃん!?
あやうく叫んでしまうところでした。2人とも道着姿で葵ちゃんが誰かに責められているようでした。
私はいけないことだと思いながらも、見つからないように近づきました。

「私は・・・」
俯いてしまった葵ちゃんに、もう1人の女の人が言いました。
「以前の葵はもっと強かったわ」
そういえばあの女の人は、前に見たことがありました。
入学して間もない頃、部活動紹介で空手部の紹介は実演を交えてあったのですが、確かその時、あの人が
主将だと聞いた覚えがありました。
思い出しました。坂下先輩です。きつそうな目つきで背が高く、威圧的だったのでなんとなく怖いという
イメージがありました。同じ格闘技をやっている葵ちゃんとは大違いです。
「以前の葵はもっと強かったわ」
坂下さんが睨みつけるようにして続けました。
「空手がそんなに嫌いなの!?空手じゃ強くなれない、綾香みたいになれないって、そう思ってるん
でしょ!? だったらそれは大きな間違いよ!!」
「いえ・・・私はそんなつもりじゃ・・・」
「はぁ・・・、あなたがそんな風になったのは、エクスト何とかのせいかしら?」
「エクストリームです・・・」
「まぁ何でもいいわ。問題は空手を真剣に考えてるかどうかよ」
坂下さんは大きくため息をつくと、
「とにかくエクストリームのことは忘れなさい。今は空手にだけ集中すればいいのよ。昔みたいにね」
諭すような口調でそう言って、道場の方へ消えました。

・・・どういうことなの?葵ちゃんはエクストリームをやめちゃったの?
今の坂下さんの言い方だと、空手部に入ったみたいだけど・・・。
目に涙を浮かべながら道場に向かう葵ちゃんに、私はとうとう声を掛けることが出来ませんでした。

 翌日のお昼休み。昨日の事を聞くため、私はC組に向かいました。おそらく食堂で待っていても
葵ちゃんは来ないでしょうから、こっちから行くことにしたのです。
避けられててもいい。とにかく葵ちゃんと話をすることだ。そう強く思いました。
 教室を覗いてみると、葵ちゃんはいませんでした。私が来るだろうから、その前にどこかに行って
しまった・・・とは考えたくありませんでした。
入り口近くの生徒に訊いてみることにしました。
「あの、あお・・・松原さんは?」
「松原さん、今日は来てないわよ」
「えっ?」
「風邪だって」
その生徒にお礼を言って、私は教室を出て食堂に向かいました。
葵ちゃんが風邪で休み・・・。私には信じられませんでした。やっぱり昨日のことが原因で・・・?
何が葵ちゃんをあそこまで追い詰めたのか。そればかり考えていたせいか、いつも食べているキツネ
うどんが今日ばかりは食が進みませんでした。
そういえば昨日の坂下さん、葵ちゃんを苦しめてるみたいだった。
もしかしたら葵ちゃんが悩んでることと関係があるかも知れない。

 放課後。HRが終わると、私は真っ直ぐに道場へ向かいました。
私は無意識のうちに坂下さんが葵ちゃんが悩んでいる全ての原因だと決め付けていたようです。
道場に入ると、すでに何人かが稽古をしていました。中には女の子もいます。
腰を低く落とし、勢いよく拳を前に突き出す。ただこれだけのことなのですが、私はこの場の雰囲気に
気圧されました。
そんな部員たちを見守る、というより監視するかのように坂下さんが両腕を組み、壁にもたれかかって
います。そして私を見つけると、面倒くさそうにこちらにやって来ました。
「うちの部に入りたいの?」
威圧するような低い声で私に言ってきました。格闘家らしく、坂下さんは鋭い目つきで私を睨みつけて
います。
「いえ、そうじゃないんです・・・」
「だったら何の用かしら?」
一瞬ひるみそうになりましたが、私はいつもより強い口調で言いました。
「私、1年の姫川琴音です。突然で申し訳ないのですが・・・松原さんと何かあったんですか?」
私が葵ちゃんの名前を出すと、わずかに坂下さんの顔色が変わりました。しかしすぐに平静に戻ると、
「どういう事かしら?」
さっきよりもさらに低い声で訊き返してきました。
“どういうことか”という返事に、心当たりがあるんだなと確信しました。
「葵ちゃん、前から何か悩んでる様子だったんですけど、私には何も話してくれなかったんです。
実は昨日、悪い事だと思ったのですが、ここで坂下さんと葵ちゃんが話しているのを聞いていました」
そこで一呼吸置いて、私は続けました。
「今日、葵ちゃんが学校を休んだのですが、もしかしたら昨日の話と関係があるんじゃないかと思って
それで来たんです」
そこまで言うと、坂下さんがそれまで私を見据えていた目を道場の方へ向けて言いました。
「あなた・・・葵の友達?」
「はい」
「どうして昨日の話と、葵が学校を休んだことが関係あると思ったの?」
「それは・・・」
答えに困りました。昨日の威圧的な坂下さんを見たというだけで、全ての原因が坂下さんにあると、
決めつけていたからです。でも今、改めて聞かれると坂下さんが悪いという根拠は全くありません。
「坂下さんと話してる葵ちゃんが、苦しんでるように見えたからです・・・」
「そう・・・」
坂下さんはちらっと遠くを見て呟きました。
「あの娘はね、もともと空手をやってたのよ。それは知ってる?」
「いいえ、知りませんでした」
なぜか私は、葵ちゃんが空手をやっていたという事を知らなかったことが悔しくてたまりませんでした。
「それがどういうわけか、エクストリームとかいう遊びを始めるようになったわ」
「エクストリームは遊びなんかじゃありません!」
自分でも驚くぐらい大きな声をあげていました。
「あら? どうしてあなたがそんなに怒るのかしら?」
心の中を見ようとするような目つきで、坂下さんは私を見ました。
「あなたには関係ないことでしょ」
そう言いながら道場に戻りかける坂下さんに、私はつい言い放っていました。
「関係ないことありません!」
道場に向けた足を再びこちらに戻すと、坂下さんは、
「いいかげんにして!あなた、葵の何を知ってるっていうの!?あの娘はエクストリームを辞めたの!
空手に戻ったのよ。それだけのことだわ」
最初は怒鳴っていた坂下さんも、次第に冷静さを取り戻しました。
そのあまりの剣幕に、私は一瞬気圧されましたが、すぐに言い返しました。
「葵ちゃんが空手に戻ったのは何か理由があるはずです。昨日坂下さんと話している葵ちゃんを見た時、
葵ちゃんはすごく悩んでるようでした。それが何故か教えてほしいんです」
「教えるも何も、今言ったことで全部よ」
何かを隠してることぐらいはすぐにわかりました。でもこれだけ訊いても何も答えてくれないとは思い
ませんでした。
「わかりました。失礼します」
それだけ言って、私は道場を後にしました。
もちろん、これで引き下がる気はありませんでした。

 翌日の放課後。葵ちゃんは今日も休みです。
私は再び道場を訪れました。昨日の今日で何かが変わるとは思いませんでした。
でも、昨日はお互いに冷静さを欠いていたから険悪な状況になったんだと思います。
少なくとも私が落ち着いて話せば、坂下さんもきっと話してくれるはず。私は昨日の坂下さんを見て、
どんな態度をとればあの人が話しに応じてくれるのかを考えました。
 「あなた・・・昨日の・・・」
私を見る坂下さんの目は明らかに敵意を示していました。
「昨日は失礼しました」
坂下さんが次を言わないうちに私は頭を下げました。
「感情的になってしまって本当にすみませんでした。でも葵ちゃんのことが心配だったんです。それは
分かってほしいんです」
「私も怒鳴ったりして悪かったわね」
さっきまでとは違い、坂下さんの目は徐々に優しいものになっていきました。
昨日は見れなかった以外な一面を垣間見た気がしました。
「姫川さんだったわよね?あなた、本当に葵のことが気になるのね」
「はい。だって葵ちゃんは私の大切な友達ですから」
私がそう言うと、坂下さんは空を仰いで言いました。
「わかったわ。あなたなら言っても大丈夫そうだから・・・」
一呼吸あって、
「いま葵が何を悩んでるのか、全部話すわ」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げました。困っている友達に何も出来ない、何もしてあげられない自分が情けなくて、
自分自身に憤りを感じていました。
だから坂下さんが、全部話してくれるというのを聞いて私は心の底から感謝しました。

 道場で練習している部員に自主練習を指示すると、坂下さんは部室で全てを教えてくれました。
葵ちゃんが元々空手をやっていた事。その空手を辞めてエクストリームに転向したきっかけ。
そして坂下さんが葵ちゃんを空手の世界に戻したがっていた事も。
「私には言わなかったけど、葵、本当は空手に戻ろうとは思ってなかったはずよ」
全部話し終えて、ため息まじりに言いました。
「あの娘、きっと寂しかったんだわ。同好会を作ろうとしても誰一人集まらなかったから」
私は何も答えませんでした。
「私もあの時、葵にきつく言ってしまったけど・・・あ、あなたも聞いていたのよね」
「はい」
「私は無理に葵を空手に戻そうとは思わないわ。葵のやりたいことをやらせてあげたい。でも・・・」
軽く首を振って、坂下さんは続けました。
「今の葵じゃ、エクストリームを続けることは出来ないわ。あの娘独りだけではね・・・」
私をまっすぐに見て、真剣な表情で坂下さんは言いました。
「お願い。葵の支えになってあげて」
「えっ?」
「いま葵が一番必要としてるのは、あなたなのよ」
意外な言葉でした。坂下さんのことだから、何としても葵ちゃんを空手に戻そうとするのではないかと
思ったからです。
「私なんかよりも、きっとあなたの方が葵の支えになってあげられると思うわ。だからお願い」
「はい!もちろんそのつもりです!」
私の体の中を熱いものが走ったような気がしました。
坂下さんが味方になってくれたようで、とても頼もしく思えました。
 私は部室を後にすると、学校のすぐ外を見ました。ここからは見えませんでしたが、つい先日まで
葵ちゃんが練習をしていた神社があります。今は誰もいませんが・・・。
神社のある方を見ながら、私はある決意をしました。

 その後、2日,3日経っても葵ちゃんは学校には来ませんでした。
葵ちゃんの担任の先生に聞いても、風邪が長引いているとしか教えてくれませんでした。
私は待ちつづけました。葵ちゃんが学校に来ない日数が、葵ちゃんの傷の大きさだと思うと、何としても
葵ちゃんの傷を癒したいと強く思うようになりました。





   後書き

 書いているうちに、登場人物の性格が分からなくなってきたりしています。
坂下さんってこんなに理解のある人だったかな?と。まぁSSだからいいでしょう。
琴音ちゃんって優しいですねぇ・・・って自分が書いてるんですけど。
実際にどんなに仲のよい友達がいたとしても、その友達が休んでることぐらいでは心配したりとかは
しないんじゃないでしょうか。ある意味、この2人が理想でもあります。あぁ、この2人が羨ましい。
 さて、次の回では「今現在の孤独」と2人が出会う前の「孤独」の違いを上手く描写したいなぁと
心から思っております。ちなみにこのお話では琴音ちゃんには超能力を使わせません。
と思ったら、次回で最終回ではありませんか。長らく続いた悩み多き16歳の2人が真の友達になること
が出来るのでしょうか??
そう言いながら、実はまだ全然話がまとまってなかったりします。
今、2通りの終わり方を考えているのですが、そのどちらにしようかなぁと迷ってるところです。
それでは最終話に続きます。



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