HMX−12
「何なりとご命令ください」
この言葉を何度聞いただろうか。
俺は高校を卒業し、大学へと進学した。俺なんかが大学に行けるとは夢にも思っていなかったが、
あかりと一緒に猛勉強した甲斐あって、無事に合格できたわけだ。
親父が “合格したらなんでも好きなものを買ってやる” なんて言うもんだから、俺は遠慮なくメイドロボが
欲しいと言った。
定価800万円を親父は出し渋ったが、出世払いを条件に俺は今、このメイドロボと暮らしている。
おかげでバイトに明け暮れる日々になったが、あのマルチが俺の側に来るんだから安いものだと思っていた。
「何なりとご命令下さい」
だが違っていた。あまりに違いすぎていた。俺の前に現れたマルチは、ホウキ片手に奮闘していたあのマルチでは
なかった。いつも笑顔を絶やさず、感情をこれでもかと言うほど表に出していたあのマルチではなかった。
人間の役に立とうと購買のパンを買うことに必死になっていたあのマルチとは違っていた。
「何なりとご命令ください」
かろうじて人間の役に立とうとする部分は残っていた。元々そのために作られたロボットなのだから、当然のこと
だろう。今もこのHMXは俺の命令を待っている。
俺は無意識のうちに命令していた。高校時代のマルチを思い出しながら・・・。
「マルチ・・・昔みたいに笑ってくれよ・・・」
「何なりとご命令下さい」
この返事に、俺の想像するメイドロボはかき消された。これじゃあまるっきりセリオと同じじゃないか。無機質な声、やる気のなさそうな瞳。いや、サテライトサービスを受けられる分セリオの方が優秀かも知れない。
昔の、あの頃のマルチなら、俺がいろいろ言わなくても話し掛けてきただろう。マルチといて会話が途切れたことは
一度もなかったぐらいだ。
だが今、眼前のマルチはマルチの姿をしたHMXだった。
俺はもう一度言ってみた。
「マルチ、頼むから笑ってくれよ。また一緒に掃除しようぜ。あの頃みたいに」
だが、やはり返って来るのは、
「何なりとご命令下さい」の一言だけ。
愛想のない奴だった。
“何なりとご命令下さい”を聞き飽きた俺は、HMXを見続けた。
するとまた、
「何なりとご命令下さい」
と言い始めた。どうやらある一定の間隔があるらしく、その後何度も同じセリフを聞かされた。
相変わらず仕事を要求し続けるマルチを見ながら、俺の頭の中ではあるツッコミが繰り返されていた。
俺・・・笑ってくれって命令してるよな・・・。