山口県
(天平10年・738年)秋八月(はつき)二十日(はつかのひ)、右大臣(みぎのおほまへつきみ)橘の家に宴せる歌四首(うち2首)
「長門なる 沖つ借島(かりしま) 奥まへて 吾(あ)が思(も)ふ君は 千年にもがも」
(1024番・長門守巨曽倍對馬(こそべのつしま)朝臣の歌)
訳
わが任國・長門にある オキの借島(かりしま)のように
心のオク底から尊敬している 橘諸兄(もろえ)さま
君が世は 千代に八千代に さざれ石の巌となるまで
ご長寿を お祈り申しあげます
「奥まへて 吾(あれ)を思へる 我が背子は 千年五百年(ももとせいほとせ) ありこせぬかも」
(1025番・右大臣橘諸兄の歌)
訳
わたしを心の底から尊敬してくださっている あなた
あなたこそ ももとせ いほとせ(千年五百年)も
長寿であることを 祈ります
注・国歌君が代の「君」には天皇という意味はありません。ここでも使われているように「君」は相手を尊敬する言葉です。天皇はオオキミとかスメラミコト。呼びかける場合は陛下、ミカド(御門)との間接表現をしてきました。
☆ ☆
(天平8年・736年遣新羅使の随行員の歌群)
周防国(すはうのくに)玖河郡(くがのこほり)麻里布(まりふ)の浦に行く時、よめる歌八首(やつ)
「真楫貫き 船し行かずば 見れど飽かぬ 麻里布の浦に 宿りせましを」
(3630番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
ふなばたに 櫂を取り付けた官船でなければ
この神々しい麻里布(まりふ)の浦に 泊まりましょうものを
素通りする無礼を 麻里布の神よ お赦しあれ
注・「見れど飽かぬ」は土地の神への厄除けの讃歌。
「いつしかも 見むと思ひし 粟島を よそにや恋ひむ 行くよしをなみ」
(3631番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
いつか見たいものだと思ってきた 粟島を
よそ目に見ながら 寄るよしもなく通り過ぎます
どうか粟島の神よ お赦しあれ
「大船に かし振り立てて 浜清(ぎよ)き 麻里布の浦に 宿りかせまし」
(3632番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
この大船から カシの棒杭を投げ立てて
この清い浜辺の 麻里布(まりふ)の浦に
泊まってゆくことができないものか
素通りする無礼を 麻里布の神よ お赦しあれ
注・カシ(樫・橿)はブナ科の堅い木。尖(とが)り棒、杭の材。
「粟島の 逢はじと思ふ 妹にあれや 安眠(やすい)も寝ずて 吾(あ)が恋ひ渡る」
(3633番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
粟島の名は アワない島か
夢でも アワない島と思いつつも
夢にでも妻が現れないかと なかば醒めて
妻を慕って 寝もやらず夢うつつの夜よ
「筑紫道の 可太(かだ)の大島 しましくも 見ねば恋しき 妹を置きて来ぬ」
(3634番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
筑紫への道の 可太(かだ)の大シマ
シマしくも しばらくでも 見ぬと恋しい妻を
クニに置いてきた この寂しさよ
「妹が家路 近くありせば 見れど飽かぬ 麻里布の浦を 見せましものを」
(3635番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
妻の住む家が 近くにあれば
地神のやどる神々しい この麻里布の浦を
見せてやるものを すべてのものに妻を想う
「家人は 帰り早来(こ)と 伊波比島(いはひしま) 斎ひ待つらむ 旅ゆく我を」
(3636番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
クニの皆は 無事早く帰ってくるようにと
伊波比島(いわいじま)の名のように
いわいして神に祈って 待っているだろう
旅ゆくわたしを 斎(いわ)い待っているとも
「草枕 旅ゆく人を 伊波比島(いはひしま) 幾代経るまで 斎(いは)ひ来にけむ」
(3637番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
旅ゆく人を 斎(いわ)って無事を祈ってきたという
その名のとおりの 伊波比島(いわいじま)は
どのくらい昔から 斎(いわ)い続けてきたのであろうか
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大島の鳴門(=大畠の瀬戸)を過ぎて再宿(ふたよ)経し後、追ひてよめる歌二首
「これやこの 名に負ふ鳴門の 渦潮に 玉藻刈るとふ 海人処女(あまをとめ)ども」
(3638番・遣新羅使の随行員・田邊秋庭(たなべのあきには)の歌)
訳
これがまあ 名にしおう鳴門の渦潮か
その渦潮のなかで玉藻を刈るという 世に有名な
海人の処女(あまのおとめ)の 姿なのか
「波の上に 浮き寝せし宵 あど思(も)へか 心悲しく 夢(いめ)に見えつる」
(3639番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
波の上で 浮き寝をした夜なのに
こんな心細い夜なのに なぜか妻が夢に出てくる
心細いから 妻が心配して夢に出てくるのか
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(山口県熊毛郡)熊毛(くまげ)の浦に船泊てし夜、よめる歌四首
「都辺に 行かむ船もが 刈薦(かりこも)の 乱れて思ふ 言告げやらむ」
(3640番・随行員羽栗(はくり)の歌)
訳
懐かしい都へ 行く船がないものか
刈薦(かりこも)のように こころ千々に乱れていることを
妻に 言告(ことつげ)してほしい
こんなに想っていることを 妻に告げておくれ
「暁(あかとき)の 家恋しきに 浦みより 楫の音するは 海人処女(あまをとめ)かも」
(3641番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
夜明け前は ひときわ家恋しいもの
その家恋しいときに
浦のまわりから きしきしと楫の音する
あれは 海人の乙女たちが櫓を漕ぐ音か
泣けとばかりに きしきしと音する
「沖辺より 潮満ち来らし 韓(から)の浦に あさりする鶴(たづ) 鳴きて騒きぬ」
(3642番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
沖の方から 潮が満ちてくるらしい
韓(から)の浦で 餌をあさっていた鶴が
盛んに 鳴き騒ぐ声が聞こえてくる
注・伝本によっては可良(から)とするものがありますが、韓(から)の浦は韓人(からびと)の住まう浦の意味でしょう。
「沖辺より 船人のぼる 呼び寄せて いざ告げやらむ 旅の宿りを」
(3643番・遣新羅使の随行員の歌)
訳
沖のかなたを 船人が都へ上る
こちらへ呼び寄せて さあ都の妻へ告げてもらおう
われらが ここで宿りしていることを
ここで侘びしく 宿りしていることを
